2025年振り返り

まさに"AIエージェント元年"として毎週のように技術トレンドが目まぐるしく変わり続けた激動の年だった(去年もそんなことを言った気がするが)。自分の職種はこの先も仕事があるのだろうかとか、アメリカの政治を中心に世界情勢もずっときな臭い感じになり、夏も生物の限界を超えるような暑さを記録し、このまま人類はやっていけるのだろうかと心配になることばかりの年だったなぁ。

そうは言っても不確実な未来に悲観してても生活できないので、個人レベルでは人生2度目の転職を行ったりして8月以降からは息つく暇もなく走り続けていた。夫婦で色々なところに旅もできた1年だった。

仕事・業界

2015年に新卒入社してデータ系の仕事を始めたが、今年で社会人10年目になった。そして8月に2度目の転職としてIVRyに入社した。2社目のスタートアップでもある。11月にもシリーズDで40億調達している最も勢いのあるスタートアップのひとつ。

相変わらずのデータ系の仕事をしているが、今回は特に事業開発というものがやりたいという意志のもと転職活動を行っていた。Devinを仕事で使いそのアウトプットの質を見た頃から、「かなりマズイなぁ、俺より強くね?」というぼんやりしたヤバさから一段階上の危機感に変わり、人間に(まだ)残される仕事、かつ自分が興味を持てたり相対的に得意そうな分野として何があるだろうと考え、事業開発がそれだと思ったので探してみた。幸いいくつかオファーを出してもらえる会社が見つかり、眠れないほど悩んだ末にIVRyで頑張ってみることにした。12月で4ヶ月が経ったところだが、今のところ過去10年間で一番仕事が楽しく、リモート可の職場にも関わらずほぼ毎日出社して新しい人達とワイワイと働いている。これまでのすべての経験がconnecting the dotsされているような感じがありとても楽しい。

2022年の年末近くにChatGPTが登場し、2社目の転職時はそれから3ヶ月後ほどだったので、当時は業務でめっちゃAI的なものを使うかと言われればNOであったが、そこから2.5年たった2025年前半は、開発現場でもCursorやClineでコーディングし、Devinを使役してアウトプットをスケールアウトさせる人たちが登場し始めた。2025年中頃にはClaude Code, Codexなどが席巻しており, 後半はAIエージェントの時代に入った感。2025年年始と比べても年末頃にはAIに任せる範囲がこの1年で劇的に増え、もはや完成イメージまでを想像や設計ができるエンジニアは自身はほぼコードを書かずに自然言語だけで成果物を得られるようになった。AIエージェント実装は概ね方向性が決まっていて差がつかないので、技術によるイノベーションの優位性はごく一部の会社以外でほぼなくなった。その代わりにデータの独自性やそれを活かしたビジネスモデル、事業開発の力が相対的にもより一層重要になってきたと感じている。AI技術のキャッチアップは当たり前として、次の1年は自分はそこにコミットしたいと思っている。

あとは界隈のニュースとしては新卒の会社 ブレインパッド社が富士通にTOBされ、12月に成立したことだなぁ。ただちに社名がなくなったりはしないようだが、上場廃止・完全子会社化となり生殺与奪の権は親会社になのでどうなるか。ニュースが流れたときには大変心がザワザワしたので自分にも「故郷がなくなってほしくない」みたいな気持ちがあるんだなとわかってしんみりした。仲良しの先輩がAIエージェント特化の子会社を立ち上げたばかりのタイミングだったので引き続き応援したい。卒業生のひとたちにも愛されている会社で嬉しいね。

技術

claude codeに感動しっぱなしだった。個人的にはgithub copilotが初めて登場し、頭の中のコードを魔法のように予測補完してくれた以来の大きな驚きを感じている。これぞAIだなと思えるサービス。

自分は基本的に問題解決をしたりモノを作るのが好きなだけで、プログラミング言語を覚えるのは好きではないタイプ。職業上PythonとSQLを書くことが多く、もはやそれ以外のプログラミング言語は基本的に覚えたくないとすら思っている。それゆえに例えばwebページやアプリを作りたくても高いハードルを感じていたし、実際にちょっと学んでは挫折することを繰り返してきた。それがここに来てclaude codeによって、個人用ツール程度の信頼性のものなら思い通り(かそれ以上)ものを作れるようになり、週末はずっとvive codingして何かを作ってる状態だった。これまで挫折したものに再トライし、実際に作れて、とにかく楽しい。そうしてできたうちの一つが何度も挫折したこの個人ブログページでもある。寝るのを惜しんで作る自分を客観視して、claude codeのおかげで、自分はやはりアイデアを企画したり形にすることが好きな人間であることを再確認できたことが嬉しかった。

旅(登山・サウナ)

旅の主な目的はだいたい登山かサウナ(もしくはその両方)なので同じ枠。

2024年の年末から2025年年始にかけて南米はチリにいた。半年前から計画を立て、パタゴニアの国立公園を歩く4泊5日を含めた2週間、大きなトラブルなく楽しむことができた。まさに一生モノの体験というやつだった。ブログを書きたいと思ったまま1年が経ってしまったが...

3月は、近くに住む友人たちとディープな富山旅に行ってきた。わかりやすい観光ではなく、土地の文化や歴史を知ることが好きなひとたちと一緒だったので、手仕事を見たり体験したり、地域を盛り上げている人や場所を訪ねてとても知的で楽しい旅だった。大人の修学旅行という感じ。

4月は、サウナシュランにも乗っていた「おちあいろう」へ。サウナは正直やや期待外れだったが、建物と宿泊体験があまりにも良くて布教ブログを書いたのでぜひ見てほしい。
建築とサウナが好きなら「おちあいろう」へ - note

5月は、奥さんの出張先がシアトルだったのでついでについて行って観光してきた。マイクロソフト本社、スタバ1号店、アマゾン本社などをミーハーに周り、締めは1泊2日で長時間車に揺られてアンテロープキャニオンやホースシューベント、グランドキャニオンやルート66などを見てきた。とりわけグランドキャニオンは素晴らしく、確かに一生に一回は見たい景色であり、離れるのが惜しく、何回もシャッターを切った。ルート66は海外板のまちおこし事例としてとても面白かった。ブログを書きたいと思い半年がたった、、

7月は大阪万博に行ってきた。朝から30°Cを余裕で超えるなか入場に40分待たされて最初の印象は最悪of最悪だったが、大屋根リングとミャクミャク王国を大勢の人が楽しんでいる様子をみるだけで十分に行く価値があったなと思う。前評判の悪さからここまで逆転した企画めっちゃすごい。とてもJapanを感じる素晴らしいイベントだった。ちなみにパビリオンは事前抽選に当たった台湾を含めて2,3個しか入れなかったがそれでも面白かった。
ついでに初めてちゃんと新世界を回ったけど、カオスなアジアな国感があって面白かった。ほぼ外国人しかいなかったからもはや海外だったな。グラングリーン大阪などの再開発とのコントラストがすごく、大阪は今とてもおもしろい場所になっている。住みたい街にもランクインしてて頷ける。

7月は新潟の火打山に登山。有名な山小屋があり、そこに泊まるのを楽しみにして行ったが、山小屋に着くやいなや、猛烈な吐き気に襲われ脱水症状になって夕方〜朝方まで完全に死んでいてこの1年で一番キツイ瞬間だった。親切な山小屋のスタッフさんに塩の塊をもらい、椅子に座り込んだままそれをちびちびと舐めるだけの妖怪と化していた。この夏は山の上でもとにかく熱く、本当に大変だったなぁ

9月、サウナーたちの約束の地、待望のフィンランドにいってきた。日本中の有名サウナをかなり回っている方なので、「もしかしたらもはや日本サウナのほうが上をいってしまっているのでは」と若干の心配があったが、そんな心配は無用でぶち抜いてくれた。水風呂に相当するバルト海やデカい河、デカい湖にドボンと入れるのがとにかく最高。日本では法律的に禁止されているだろうからそもそも真似できないような体験で遥々フィンランドまで来て良かったと痛感した。北欧デザインでも有名なので建築や目に入るいろいろなものが美しく、さらにラップランドまで足を伸ばしオーロラを見たりサンタクロースにも会ったりで大満足(サンタクロースはめちゃくちゃ日本語うまくてビビった。当然のようにマルチリンガルらしい)。ロシア上空を飛べないため日本からの飛行時間も燃料代も倍になっているのだけが辛い。

10月はこちらも念願だった紅葉の立山に登ってきた。「今年はこの何年かで一番の紅葉の色づき」とのことで天気を多少無理していったらちゃんと見事に横殴りの大雨で完全アウト。テント泊は無理そうなので諦めて帰ろうとしたが、偶然空いていた山小屋で一泊してみたら次の日にはギリギリ雲の切れ間から美しい紅葉を見れた。泊まった雷鳥荘は、温泉付きで山小屋というよりは温泉宿というくらい素敵なところだった。(後で知ったが有名な場所だったらしい)。立山は東京から行くにはかなり大変なので直行直帰にならず本当にラッキーだった。

11月、誕生日だったので大分にサウナ旅行へ。こちらもサウナシュランに乗っていた、かつ、大分県のサウナいきたいランキング1位、2位の「稲積水中鍾乳洞」と「寒の地獄旅館」が旅の目的。特に、寒の地獄旅館のサウナがビビるくらい最高で、フィンランドを除けば今年行った中で一番のサウナだった。嘉永二年(1849年)に見つかってからずっと湧き続けている歴史ある冷たい源泉、寒の地獄。ちょっと硫黄臭のする温泉成分ありの水風呂。2023年にそこに立派なサウナを併設して最強になってる。夜の雰囲気が良すぎる。すべてのサウナーに手放しでおすすめしたい。

年末を締めくくる旅として、富山にいった友人たちと今度は福井のディープな旅をしてきた。福井出身・福井でビジネスをする友人の最高のガイドの元、2泊3日で越前和紙、北前船の三国湊、芦原温泉、永平寺などなどを超密度で回り、unknown Fukuiな旅を楽しんだ。特に北前船ビジネスとその衰退の話は現代にも通じるような話であり、ビジネスの盛衰と文化的背景は密接に関わっているのだと知れてとても面白かった。帰りは福井からサンダーバードで京都を経由し実家の姫路に帰った。関西と中部がこんなに近いなんて知らなかったなぁ。福井と富山はまた夏に絶対に行きたい。

イベントとか登壇とか

奥さん&奥さんの親友がどちらも8月に誕生日だったので、節目というのもあり合同誕生日会を企画して開催した。鎌倉の海沿いのお店を貸し切って小さな立食パーティーを行い、夜はそのまま目の前の海の家で二次会をして楽しんだ。友人たちがたくさんお祝いに来てくれて良かったね

コミュニティー活動的なものもいろいろやった。
住んでいる場所(藤沢)の近くでもIT系のローカルな集まりが定期的にあったら良いなと企画をして開催をした。結局一度しかできていないのでまたやらねば。

流れで湘南kaggler会の運営お手伝いもやっていた。

本業関係のコミュニティー活動としては三田データを始めた。第一回目の開催報告ブログも書いたので読んでもらえたら嬉しい。
三田データ vol.1を開催しました - ysdyt.dev

ブレインパッドの友人方々が登壇してくれたりふらりと参加しにきてくれてプチ同窓会的な気持ちになれるのもとても嬉しい。オフラインで参加するのはなかなか馬力が必要なので、登壇者・参加者の方々になにかお返しできるように頑張りたいといつも思っている。

転職後初の自身の登壇イベントとしては、年内滑り込みでDatabricksのちょっと大きめな会でLTをやってきた。
Databricks After Party で登壇してきました - ysdyt.net

ベストバイ

電子ガジェット系はおおよそ買うものの方向性が変わらず、「順当進化」したものを買ったが、初体験の驚きがあったのはvivobarefootの靴とメリノウールの衣類だった。もっと早く買っておけばよかったと思わせてくれたやつらだった。
ブログも書いた。買って良かったもの 2025年版 - ysdyt.dev

2025年の考えの総括、2026年以降の宿題

2025年の1月に、自宅最寄りのイトーヨーカドーが50年の歴史に幕をおろした。シャッターが下ろされる瞬間はかなり多くの人が現場にあつまりその瞬間を見ようとしていた。50年もそこにあり、地域に貢献を続けるというのは凄まじいことだと思う。そして、この巨大なビルはその後1年間放置され、未だに次の利活用が見えていないっぽい。

最近、「AIが作れないもの・人間しか作れないもの」を考える回数が圧倒的に増えた。デジタルなら作る速度はどんどん均されていく一方で、時間そのものはショートカットできない。だから結局いちばん希少なのは、歴史――同じ場所で続けてきたこと、裏切らなかった回数、関係の履歴みたいなものだと思う。

そう考えると、近所のイトーヨーカドーが閉店して「箱」だけが残っている状況は象徴的だ。建物はあっても、それを成立させていたのは時間で育った運用や信用やコミュニティで、そこが一度途切れると再起動が難しい。福井旅行での北前船や永平寺にも感じた“もう同じものは再現できない”という感覚も、物としての建築以上に、時間の堆積が生む圧倒的さだった。

それに伴い、自分は今後どういったメンタリティーで仕事をしたり生きていきたいかということも考えている。

半分冗談でポストしたが、実はかなり本気でそう思っているなと内省した内容。

見たことないものを見たいだろう?
面白いと思ったことが本当に面白いか確かめたいだろう?
それが 生きるってことじゃないのか?

良い歳になってきて、「AIが人間の代わりになんでもやってしまう時代がこようとしているときに、自分は何を原動力に生きていくのだろう」ということをぼんやりと考えたときに、プリミティブな気持ちはこれかもしれないなと感じた。要は、無限の選択肢の中に自分は何にどれくらい意志を込めたいか、みたいな話な気がしている。かつ、具体的なhowとしては、やはりAI的な速さの競争ではなく、摩擦のある物理世界で、時間が複利で効く何かを積み上げていきたいと感じている。それがなにかはまだわからないが、なんとなくまたこれまでやってきたことがいい感じにconnecting the dotsしそうな予感を感じつつ、そんなことを2026年はやっていきたい。発言主のように、闇落ちせずに、世の中に役に立つ形で。それは究極自分しかわからないエゴであっても良いとは思うけど。

あとは、せっかくオリジナルのブログを作れたので「旅行記」的なものをしっかりと書きたいと思っている。これもある意味AIにつくれない人間味のあるものだと思う。

過去